神奈川を楽しみま湘南回でも

神奈川県(シュウマイ県)

神奈川県は相模国全部と武蔵国の一部である横浜・川崎周辺とからなっていますが、このような県域となったのは、兵庫県の場合と同じで、重要都市だった横浜に県庁を置きたいということが初めにあったのでしょう。そうでなければ相模と伊豆を一緒にして小田原あたりに県庁を置く県を構成したほうがまとまりがいいからです。

 

県内各所と横浜の交通の便ももう少しで、むしろ東京との直結感覚が強い。小田急線沿線などは、近年、相模原あたりを中心に松の里などニュータウン開発も進み、青山学院大学なども進出しましたが、東京山の手のちょっと先という感覚がちょうどぴったりです。こうした東京直結感覚は湘南でも同じで、むかし湘南電車と呼ばれた東海道線は横浜の中心街を通ることなく湘南方面へ抜けていくのです。

 

湘南といえば、加山雄三さんやサザンオールスターズに象徴されるように、世代を超えて東京郊外の洗練されたアーバンリゾートとしてのイメージを東京の人にも全国の人にももたれています。そこに、文化人好みの古都鎌倉、最近ではもっとも先端的な大学とされる慶應義塾大学藤沢キャンパスのイメージが加わり、湘南ナンバーの車は東京都心ですら格好がよいと見られがちです。

 

鎌倉は、室町時代になってからも、鎌倉五山や鎌倉公方が置かれ、いわば第二首都的な機能を維持しましたが、戦国時代になって北条氏は小田原に近代的な城郭を築き、徳川家康も江戸に拠ったので鎌倉の関東の中心としての歴史的な使命は終わりました。

 

小田原は北条早雲の相模攻略によってその本拠となり、豊臣秀吉の小田原攻めのときには、雄大な外郭に都市全体を取り込んだ城になっていました。江戸時代には大久保11一万石の城下町となり、その天守閣は明治維新ののちに取り壊されましたが、古写真などを参考に復元されています。東海道新幹線では上りだと小田原駅へ着く1分くらい前に右側に、下りだと駅を通過した直後に左側に一瞬ですが大きく姿を現します。

 

箱根の芦ノ湖は神奈川県に属していますが、実は水利権は江戸時代以来、静岡県が持っており、「彫刻の森美術館」は広大な野外展示場に350点もの傑作が並んでいます。

 

神奈川というのは横浜の旧名。この小さな町は、幕末になって急に脚光を浴びました。江戸に近い港として日米和親条約の調印がここで行われ、やがて開港地のひとつとして長崎、神戸、函館などと並ぶ日本の外へ向かっての玄関となっていきました。

 

横浜の言葉には標準語化しているものも多く見られます。「じゃんか」という若い人たちがよく使う表現もそうですが、英語の「タイム」がなまったといわれる「たんま」などいかにも港町らしい感じです。